厚生労働省の調べによると、現在アルコール依存症治療を行っている人は4万人を超えるといわれています。しかし、これはアルコール依存症を患う人の約5%に過ぎず、実際はもっと多くの人がアルコール依存症に悩まされているそうです。
ここでは、アルコール依存症の患者との接し方や、看護師ができることについて紹介していきます。
アルコール依存症について、正しく知っておこう
病院でアルコール依存症の患者と接するなら、アルコール依存症について正しい知識を身に付けておく必要があります。
治療の最終目標は断酒継続のセルフコントロール
アルコール依存症は、飲酒に対するセルフコントロールが利かなくなってしまった状態のことを指します。治療しないで放置していると、死に至る病でもあります。
治療方法としては多くの場合、入院治療が行われます。その後、状態が安定したと主治医に判断された場合においてのみ、外来治療に切り替わるのが一般的です。退院後は、定期通院の他に自助グループなどに参加し、引き続き再発防止に取り組んでいきます。
アルコール依存症は、再発防止におけるセルフコントロールが最も難しい病気の1つであり、治療の最終目標は断酒継続のセルフコントロールにあります。
真面目な人間ほどアルコール依存症になりやすい
アルコール依存症の患者は、多くの人が未治療であることが多いです。家族などの他人に指摘されて、仕方なく病院へやってきたという人が少なくありません。
意外かもしれませんが、アルコール依存症の患者は自身も「お酒を辞めたい」と考えている人が少なくありません。傾向としては、完璧主義で真面目に生きている人に多く、些細な失敗などにプレッシャーを感じてお酒に依存しているケースが多いようです。
女性や高齢者の割合が多い
完璧主義なため依存症が発症しても、誰かに頼ったり甘えたりすることができず、治療が遅れてしまい悪循環に陥っているケースもあります。割合としては、女性や高齢者などの人がアルコール依存症になることが多いようです。長年アルコールを摂取していたことで依存症を発症するケースや、他の疾病によってアルコール依存症が発覚する患者もいます。
アルコール依存症の患者の特徴
患者の依存 | 特徴 |
精神的依存 | 飲酒したいという病的な渇望 |
飲酒行動の異常 | 一定量のアルコールを数時間置きに摂取する連続飲酒 |
身体的依存 | 振戦、発汗、不眠などの離脱症状 |
アルコール依存症患者には、飲酒したいという病的な渇望(精神的依存)、一定量のアルコールを数時間置きに摂取する連続飲酒(飲酒行動の異常)、そして振戦、発汗、不眠などの離脱症状(身体的依存)があります。
アルコール依存が生じる成り立ち
- 精神的依存・身体的依存になりやすい嗜好品であるという事
- 環境要因
アルコールの入手のしやすさ、社会の飲酒に対する姿勢、社会不安、ストレスの高さ、経済状況など、社会的なものがあります。 - 飲酒する個人の要因
両親や本荷を取り巻く養育環境が飲酒に身近であれば、子供もその影響を受け依存症のリスクが高くなります。遺伝との関連も認められています。
上記の点が成り立ちとして上げられます。
アルコール依存症を引き起こしやすい養育環境について
- 精神的に病んだ崩壊家庭
- 性的虐待、近親相姦、私生児
- 両親の離婚、親との離別
- 家庭内力動、教育方針の統一性欠如
- 溺愛型の母親
- 貧困、物質的に恵まれない家庭環境
- 飲酒に寛容な環境
- アルコールが周囲にある環境
これらの要因がある時に、アルコール依存症の発症率が上がります。またアルコール依存症患者は、大量摂取の影響で以下のような状態で入院されてきます。
仕事面 | 能率の低下、自己、頻回に欠勤する、休職、失職、頻回の転職 |
飲酒によりまともに仕事がこなせない状態から始まり、欠勤、失職するに至ってるケースもあります。 | |
生活面 | 家庭内暴力、警察保護、飲酒運転、経済的問題、児童虐待、 夫婦の不和、家族の心身症、別居、離婚 |
飲酒により、気が大きくなり暴力等の行動化や、飲酒運転等の違反行為、イライラした気分を払拭する為に他者に当たるなどの行為が見られる場合があります。 | |
身体面 | 認知機能の低下、記憶力・注意力の低下 |
飲酒により神経障害が生じ、不安定な身体状態になっている可能性があります。 | |
精神面 | うつ病の発症 |
うつ病との合併は非常に多く、抑うつ状態で入院されるケースもあります。 | |
離脱症状 | 不安定な感情や幻覚、妄想、てんかん発作、睡眠障害 |
離脱症状は様々な症状が現れます。独断で断酒したものの、離脱症状に苦しみ、入院されるケースもあります。 |
アルコール依存症患者の看護計画について
入院初期は、ほとんどの患者が酩酊状態で、自ら断酒出来ず入院してきます。入院してきた場合に看護師は、安全を確保し、水分補給が出来るような環境を整えます。そして離脱症状を最小限に押さえるために服薬を確実に行います。
次に、離脱症状がどのようなものか説明し、患者が症状の出現によって混乱する事のないように努めます。離脱症状が出現したら、危険防止に努めなければいけません。幻視による恐怖から自傷他害に至らないよう、観察します。
そして、この離脱症状がアルコールによるものである事を認識出来るよう、患者に関わっていきます。
観察ポイント(離脱症状について)
早期症候群
アルコール離脱数時間後に始まり、20間後くらいにピークになると言われています。
患者の症状としては「イライラ感、不安感、抑うつ感、頻脈、発汗、微熱等の自律神経症状、強い睡眠状態、吐き気、嘔吐、食欲不振、下痢、振戦、幻覚、けいれん発作」などがあります。
後期離脱症状(振戦せん妄)
アルコール離脱後72〜96時間に多く見られ、3〜4日続くことがあります。「振戦、興奮、幻覚、意識変容、自律機能亢進など」です。
注意散漫で落ち着きが無く、激しく興奮する事もあり、見当識障害を伴います。幻視が多く、虫などが見える事が多いです。虫が壁等に見える人が居ます。
治療は断酒、抗酒薬の内服が基本となります。
抗酒薬とは
飲酒欲求を抑制する為に服用しする抗酒薬はエチルアルコールの代謝過程にあるアセトアルデヒド脱水素の働きをするので、抗酒薬を服用して飲酒すると、吐き気、動悸、顔面紅潮、呼吸困難、血圧低下のショック状態が出現します。飲酒欲求を抑制する目的以外に、飲酒行動を取らない事も目的としています。
また、入院中から断酒会などの自助グループに参加し、退院後も継続出来るように促していきます。
離脱機の看護ポイントについて
まずは病識を持つことから始めます。アルコール依存症を病気として捉えていない、飲酒問題を過小評価しているケースが多いです。
また、自覚していても飲酒に対するコントロールを失っているため、自ら飲酒を中断出来ない状態です。まずは病気であることを理解してもらう関わりをしていきましょう。
家族教育を実施します
家族は長期にわたる依存者の飲酒問題に対して、緩慢になっている事が多いため、家族教育を行います。教育と同時に家族へのケアも必要です。家族の苦労を労い、病気への理解やイネーブリングへの気付き、家族の役割を伝えます。
イネーブリングとは
飲酒行動を手助けしてしまう人をイネブラーと呼びます。その行動をイネーブリングと呼びます。イネブラーは気づかぬうちになっているものです。依存症患者に同情し、助け、仕事の後始末など手助けをしてしまうなど、不始末の尻拭いをしてしまうことを指します。
家族が最も陥りやすく、抜け出しにくい状況に陥っている事が多いです。共依存関係と似ていると言えるでしょう。
患者と信頼関係を築いていきます
安心して心の内を話せる相手がいることで、患者は前向きに治療に向かえます。看護師として対話の時間を作り、信頼関係を築いていきましょう。
離脱直後の看護ポイントについて
身体・精神状態の改善、アルコールの長期使用によって引き起こされた症状の改善に努めます。肝機能障害を併発している可能性が非常に高いため、安静を促し、全身状態の観察を行います。
リハビリ期の看護ポイント
アルコール依存症の患者向けに作られたプログラム、アルコールリハビリテーションプログラムを実施します。
集団精神療法でアルコール依存症という病気についての理解を促します。断酒に対する正しい知識を学び、患者の認知のゆがみを自覚してもらい、飲酒行動への正しい理解と断酒のためのスキルを身につけられるよう支えていきます。
集団生活への配慮をします
同じ疾患を持つ仲間との集団生活への導入にあたり、よい人間関係が作れるようにサポートしていきます。トラブルなどが起きないよう、配慮もしていきます。
飲酒行動の振り返りを手伝います
飲酒問題への軽視や、病識が薄い患者に対して、入院前の飲酒状況等を聴取し、振り返る作業を行います。
なぜ飲酒を続けなければいけなかったのか、共に振り返り、自分の飲酒に対する考え方が適切かどうか患者自身で考えられるようにします。
規則正しい生活を送れるよう関わります
飲酒を常用していた患者は生活習慣が乱れている事が多いため、入院後、日常生活を正し、健康的な生活が送れるよう援助します。
身体機能の回復にも繋げていきます。
退院に向けての看護ポイント
退院後のイメージを作る関わりをします。退院後も断酒が継続出来るよう、看護師と共に計画を立て、家族も交えながら外泊訓練等を行っていきます。
断酒会などへの参加が継続出来るよう、必要性を改めて伝えていきます。
アルコール依存症患者への看護師の接し方
アルコール依存症の患者は時折、他者に攻撃することがあります。ターゲットとなるのは自分より弱い立場の人で、身の回りのことを世話する看護師は攻撃のターゲットになりやすい傾向にあります。攻撃の内容としては、殴る・蹴るなどの暴力をはじめ、暴言などの言葉の暴力もあります。
「やりきれなさ」がストレスになる
前項でも触れましたが、アルコール依存症の患者の多くは、今の自分の状態に問題を感じていて、自分でも「治したい」という意識が強いです。それでも上手くいかないからこそ苛立ちを感じてしまいます。自分の状態にやりきれない思いを抱えており、そのストレスが暴力などの攻撃に表れます。
安心感を与えることが大切
看護師は、患者を回復に向かわせるために、味方となり回復治療を支える存在でなければなりません。偏見を抱かれやすいアルコール依存症患者に対しては大らかな態度で接し、病院にいることで「なんだか安心する」「居心地がいい」といった快適さを感じてもらう必要があります。
まずは、患者と同じ立場になり「あなたのことを理解したい」という、受け入れの姿勢を取りましょう。
目標は節酒ではなく断酒!
断酒を継続するにはどうすればいいかを一緒に考える看護をします。断酒を継続するのは非常に難しい場面があります。
地域の集まり、会社の飲み会などで
- 「乾杯だけでも付き合えよ」
- 「一杯だけなら大丈夫でしょう」
と誘われたとき時などです。
入院中は管理された空間だったからこそ出来た断酒も、退院後は様々な場面で誘惑があるものです。
誘いの断り方、ストレスの吐き出し方、休日の過ごし方を共に考えること
また、ストレスを抱えた場面などで気を紛らわせたくなったとき、ふと時間が空いた時など、どう過せば良いか分からないという声も聞きます。看護師は、誘いの断り方、ストレスの吐き出し方、休日の過ごし方を共に考え、一方的に指示するのではなく、患者のやりやすい方法で歩んでいけるよう携わっていくことが必要です。
それはきっと退院後も患者の心に残り、現実的に実行していける方法となるでしょう。
アルコール依存症患者に看護師が接する時の注意点
入院時酩酊している患者に対してもスリップした患者に対しても、看護師は厳しい態度でむかわなければいけません。外泊してスリップしたという事例は大変多いです。
イネブラーの説明をしましたが、飲酒行動が常習化していると、緩慢になってしまうのが人間の心理ですが、そこはしっかりと
- 「何の為の入院なのか」
- 「あなたは何がしたいのか」
- 「全て失う事になる」
という投げかけをし続けなければいけません。看護師として毅然とした態度が必要になります。
患者に裏切られて当たり前の世界
患者は「次こそはやめます」「今度こそやめます」と言い、スリップや再入院を繰り返します。一喜一憂していては、看護師の心が持ちません。
裏切られて当然だと思って看護してください。裏切られても患者を信頼し、応援してください。それが患者の力になります。
健全な人間関係を築き、回復に向かわせる
アルコール依存症の患者には、頑固なタイプが多いようです。自分なりのやり方で生きてきたという人が少なくなく、仕事も完璧にこなしてきたという人が少なくありません。そのため、自分に対しても自信があり人の話をあまり柔軟に受け入れられない傾向にあります。「◯◯したほうがいいですよ」という言葉をかけても、最初は受け入れられず突っぱねる患者も多いです。
まずは患者の心を開かせる必要がある
正しい情報はアルコール依存症の患者にとってはとても必要な情報ですが、精神的に拒絶してしまうとどうしても回復がスムーズに行かなくなります。まずは「◯◯をして」と命令したり指示したりするのではなく、患者の心を開かせることが重要です。
入院して回復を目指すアルコール依存症の患者にとっては、看護師は患者ともっとも長い時間を過ごす相手になります。世間話もしますし、身の回りの世話をする機会も多いでしょう。そのため、まずは良い人間関係の構築に務め、こちらの話を受け入れてもらえる信頼関係を築くことが大切です。
否定せずに些細な事でも認めることが大切
前項でも触れた通り、家族や周囲の人に責められる機会の多かったアルコール依存症の患者は、自分を理解して受け入れてくれる人に心を開きます。
アルコール依存症の患者は、アルコールを我慢する生活を強いられていますので「お酒我慢しているんですね、頑張ってますね」など、その努力を認める言葉をかけるようにしましょう。否定ではなく、些細な事でも認めるようにして自信をつけさせてあげるのです。毎日の言葉かけの積み重ねが、人と人との関係を濃くしていきます。
補足説明!
信頼関係が充分に築けたら、その時はこちらから「こうしたほうがもっといいみたいですよ」等と、やさしく役立つ情報を提供してあげます。
無理強いをさせず気長に接していくことが、アルコール依存症患者の回復の近道です。
患者の生活を支えるために地域と連携をはかる
看護師が良き理解者となると、アルコール依存症患者の治療もスムーズに行えるようになります。しかし、看護師が四六時中介入できるのは、入院期間だけです。患者の中には通院患者もいますし、退院して通院治療に切り替える人もいます。すると、「またアルコール依存症になるのではないか」という不安を抱く患者も少なくありません。
地域全体でアルコール依存患者を支えていく
最近では、地域と連携して、アルコール依存症患者のサポートをしている病院も多くなりました。ソーシャルワーカーや保健師などがサポートメンバーとなり、地域と一緒に依存症の解決に協力しているケースもあります。地域によっては同じ依存症の患者が集まり、お互いに不安を話したり、励まし合ったりするピアサポートなども活発になっています。
病院で患者と接する看護師も、これらの地域の情報に詳しくなれば、ふと一人悩んでいる患者に出会った時に心の支えとなる情報を提供できるでしょう。
病院外でアルコール依存症の患者と接する事もおすすめ
病院ではたくさんのアルコール依存症の患者に出会うかもしれませんが、看護師自身も病院外で講演会や研修会、勉強会などに参加するのもおすすめです。支援団体が行うイベントに参加したり、ボランティアとしてアルコール依存症の患者と接することもおすすめです。
アルコール依存症の患者は、アルコールが断てないという悩みだけでなく、家族との関係が悪化していたり仕事をクビになってしまったりと、さまざまなその他の問題を抱えています。さまざまな問題を抱える患者に出会うことや、治療のケースを知ることは、病院での看護業務にも大きく役立つはずです。
まとめ
依存症の心理は大変奥が深く、特にアルコールの場合は、身体的にも精神的にも依存度が高いです。離脱症状が辛く再飲酒するケースが多いのが現状です。
アルコール依存症という病気の奥の深さを看護師はしっかりと理解しなければいけません。アルコール依存症は1人だけの問題ではなくなっている可能性があることも視野に入れましょう。(家族教育も看護師の介入分野になります)
幅広いケアが求められる疾患になり、辛抱強く関わりを持っていく事が必要です。
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